歴博フォーラムのこと |
ブログはその日その日のフレッシュな話題を書きつづるのが好ましいと思うが、今日は無理矢理、まだ肌寒かったある日の話をさせていただきます。 3月24日、第59回歴博フォーラムを聞きに出掛けた(歴博=国立歴史民俗博物館)。テーマは「漆の文化と日本の歴史」。去年、雑器としての漆器の歴史について興味を持ち、少しだけ調べて「雑器考」「雑器考 つづき」を書いた。その直後に恰好の催しを見つけたのだから、迷わず申し込んだ。 (3月24日の次の日、そう、25日朝にあの能登半島沖地震が起きてしまった。安否確認やらお見舞いやら…そちらに意識が移って、それっきりフォーラムの余韻はどこかに飛んでしまっていた。) フォーラムのプログラムは4人の研究者が順に講演し、その後、その4名+歴博の館長による討論となっていた。会場に入るとほぼ満席。定員580名だが、私は申し込み番号が2だったから「漆の学問的な話をわざわざ聞きたい人ってそんなにいるのかな」程度に思っていたが、行ってびっくりした。見たところ中高年が圧倒的に多い。歴史・民俗学愛好家だろうか。次に多いのは漆関係者か。あとは学生らしい人がちらほら。 去年読んで感動した本の著者、四柳嘉章さんも講演されるのが何より楽しみだった。結果は…、最新研究を発表する学会ではないので、本に書いてある以上の内容はあまりなかったと思う。でもそれは仕方ない。話は面白かったし、貴重な資料のスライド写真も見せてもらえてよかった。 少し残念だったのは討論会。休憩時に参加者から募った質問を元に議論が展開されることになっていた。私は四柳さんに向けるつもりで「中世で漆器はどの程度庶民に使われたのか、庶民が使う食器は漆器が中心だったのか」というような疑問を書いて提出しておいた。しかし討論の間中世の話は全く出ず、もちろん私の質問も読まれなかった。しかもどの議題も話が深まらないうちに時間切れになってしまった。 なんだかすっきりしなくて、このまま帰るのがもったいない。今日はチャンスなんだから!直接質問しよう!と思い、終了後四柳さんに近寄ってみた。しかし誰かと談笑しておられる(ちょっと高尚な雰囲気)。しばらく後方で待ったがいいタイミングが来そうにないので、弱気な私はすごすごとその場を去った。ああ情けない。 でも全体としては興味深い話をたくさん聞けて、収穫の多い一日だった。歴史民俗博物館は遠いので行きそびれているが、いい企画展の時に一度行ってみよう。 ひとつ、私が一番「目からウロコ」だった話をしよう。それは歴博の永嶋正春さんの講演だ。 みなさまは縄文人が漆を塗る風景というと、どんなイメージが浮かぶだろうか?縄文時代の漆製品としては櫛や籠が出土しているが、それらを分析して当時の漆工の様子も明らかになっているのだ。それは現代と大きく異なる。 縄文人が漆を塗るのは夏だけ。驚いたことに、ウルシの木から樹液を調達して塗って乾かすまでの流れを一日でおこなっていたという。縄文人はウルシの木の栽培・管理ノウハウを獲得し、集落近くの森に植栽していたそうだ。漆を塗る日は朝森に行って漆を採取し、集落に戻って精製(容器の中で攪拌し熱を加えて水分を飛ばす)して塗っていた。そして、高温で焼き付けて速やかに乾かして(硬化させて)いたらしい。そこまでがワンセットの仕事だ。塗りを重ねる場合は、また次の日に漆を採ってきて一連の作業を繰り返す。現代では多くの場合、漆掻き・精製・塗りはそれぞれ違う人が担う。一人で手がけるとしても別々の時に行う。 なぜ縄文ではそのような作業サイクルだったのか。大きな要因は、漆を保存する術がなかったからだ。漆は空気に触れるとじきに固まってしまう。保存するには容器に入れて、蓋として紙やラップを漆に密着させて空気から守らなくてはいけない。縄文には紙もラップもなかったから、漆が採れる夏がおのずと漆工期になるし、その日採取した分をその日に使い切るしかないのだ。 私たち現代人は漆掻きさんが採ってくれた漆を買い、夏は冷房、冬は暖房を入れることで一年中いつでも同じ作業をすることができる。もちろん温湿度によっていろいろ工夫は必要だが。自然が許すコンディションの中でのみ漆工をしていた縄文人は、漆を自然からの戴き物だと深く深く知っていたんだなぁ。同じ塗りだろうとも私の仕事は縄文人の漆工に決して及ばないだろう。 ちなみに、数千年も昔なのに縄文人は今と同じようにヘラ・刷毛・漉し布といった道具を使い、赤色顔料も粒子の微妙な調整までしていたと考えられている。漆工技術のベースはかなりの部分、大昔の縄文人が築いたようだ。 漆を採りに森に向かう縄文人を想像する。神秘の漆を扱うにあたって儀式などがあったのだろうか。漆工は厳かで神聖な作業だったのだろうか。それとも、狩猟採集の余暇にする手仕事だから、わくわくするアートの時間という感じだったのだろうか。縄文の頃の、人と漆のつながり方がいいなぁと思う。私もそんなふうに漆と本質的なかかわり方をしたい。 |
【2007.06.18 Monday 11:31】 author : chiewatabiki
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