漆工 綿引千絵の奮闘記
 
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水銀朱の話 −危険か?安全か?使うか?やめるか?―
来たる5月21日、大阪の漆専門ギャラリー「舎林」にて、水銀朱をともに考える勉強会が開かれる。(参加者募集中!)
個人的には画期的な出来事!と思っている。

水銀朱のことはまずもって作り手が学ぶべきことなので、使い手のみなさまにはつまらない話題かもしれない。でも、私はできれば、使う側であるみなさまにも知っていただいて、みなさまと考えさせていただきたい。使い手、というか日本人みながどう思うか、何を望むかをお聞きした上で、この問題に対する態度を決めたいと思っている。少し(だいぶ)面倒な話をするが付き合っていただけたら、本当に本当にありがたい。
そして、「こうなんじゃないか」「この点は考えているか」など、湧いてくるご感想があったときには、何でもいいのでお聞かせいただけたら更にうれしい。お声をいただくことで、自分なりの答え、願わくば“正しい”答えにたどり着ければと思っている。


水銀朱と唐突に言われても…という方がほとんどだと思う。
水銀朱は縄文以来の赤の顔料で、辰砂、朱沙も同じ物だ。鳥居やお寺の什器など、いわゆる「朱塗り」の正体がコレだ(稀少で高価だったため、赤い漆すべてが水銀朱ではない。ベンガラがもう一つの伝統的な赤。)。
「水銀」の文字があるので、環境問題かと予想していただけたかもしれないがその通りで、水銀朱は有害か、水銀朱を今後使っていくべきか、やめるべきか、使っていいのか、使い続けるにはどういう条件が要るのか、などなど、考える場を今回持つことになったのだ。


「汁椀」 私の朱塗り商品はすべて水銀朱


誤解を招かぬようお伝えしたいのが、水銀朱は水銀ではあるものの、「水俣病」を引き起こしたメチル水銀とは別の種類だということだ。水銀朱の化学名は硫化第二水銀。とても大雑把に整理するとこうなる。↓

      無機水銀 − 硫化水銀(=水銀朱)
    /
 水銀
    \ 
      有機水銀 − メチル水銀

水銀には比較的安定した「無機水銀」と強毒性の「有機水銀」があって、それぞれに属する様々な水銀があるそうだ。

硫化水銀はメチル水銀と違って、体に入っても吸収されることはないし、もし吸収されたとしても害を与えることはない。それは科学実験でも証明されており、また、縄文以来、朱の漆器を使うことで健康被害が起こってこなかった歴史からも言えるので、赤い漆器を使っても何ら問題がないこと、その点だけは安心してほしい。
さっき「辰砂」と書いたが、硫化水銀の天然バージョンが辰砂で、赤い鉱物として地中に存在するものだ。なので、硫化水銀は環境中に在ってはいけない物、ということでもない。もともと自然の中に存在はしている。


ただ、水銀朱も水銀である以上、ある場合には毒性を持つ。それが生き物にどの程度の害を与えるのか、調査がまだ途上段階ということもあって、なかなか判断が難しい。
私が検索したり専門家に尋ねた範囲で理解しているのは、’馨討砲茲辰鴇発した場合と、⊃經超に蓄積されてある限界に来て、メチル水銀に変質した場合、の2通りで害が起こる。

,瞭農は確実で、はっきり判明している。だから、水銀朱塗りは「燃やせるゴミ」に出してはいけない(この部分の対策ができていないので、私たち漆関係者が早く行動しなければいけない。)。
※[2011年6月7日記] 注:焼却処分した場合に大気汚染が起こる、との私の認識は間違っておりました。実際は、ゴミ処理場の水銀吸着機能によって、害を及ぼさない処理ができているそうです。詳しくは「水銀朱の勉強会@舎林のご報告」を参照ください。

△砲弔い討蓮可能性が指摘されている段階かもしれない。無機水銀に属する水銀がメチル水銀に変質する場合があることは実験で証明されている。ただ、水銀朱で同じことが起こるのか、現在起こっているのか、それも含めて勉強したくて、勉強会の場ができたわけだけれど、まだ不明なことが多い。


わかりにくい説明が続き申し訳ありません。
水銀のことを不安に思われる漆器ユーザーもおられ、今までもたびたびお尋ねをいただくことがあった。なので、読みにくいと思ったけれど、水銀朱について知っていることをざっとまとめさせていただいた。



それで、やっとここから問題のポイントになる。
私がこの件で一番悩んでいて、一番の本質だと思っていて、だからみなさまに伺いたいと思っていることというのが、「水銀朱は日本文化の中であまりにも重要な位置を占めてきた。それを捨てていいのか?」という疑問だ。

正直、環境問題だけなら、私はさっさと「疑わしきは捨てろ!」と結論を出したように思う。
でも、水銀朱の色と質感は、美意識や信仰を含む「日本人の精神」を形づくった一要素だし、古代史が動く一要因に水銀朱があったとも言われている。
単純に、“日本っぽい”デザインをするとき、赤と黒と余白で表現したり、朱塗の皿に菓子が載ってくると「日本ぽい」そして「いいなぁ」「和むなぁ」「厳かだなぁ」と思ったりする。
骨董の世界で好まれている「根来」も、あの色合いは水銀朱だから出るものだ。また、根来最大の特徴である漆の“擦れ”は、使ううち比較的早く擦れる水銀朱の性質があってはじめて起こる。

こういった例を見ても、私たち日本人は、無意識のうちに朱漆という色・物質から「美」「善」の感覚を形成してきたと言えるんじゃないかと思う。

みなさまは、さきほどの「水銀朱は日本文化にとってあまりに重要」というところをどうお感じになるだろうか?ぜひ教えていただきたいのだ。
私の単なる思い込みかもしれないし、独りよがりで説得力がないかもしれない。または、当然そうだと思う方もおられるかもしれない。
そもそも、水銀朱の文化史的重要性ってどうしたら検証できるのか?できたとして、環境への危険性も不明な段階で、環境と文化は天秤にかけられるのか?判断基準は定められるのか?‥‥本当に悩んでしまう。


「それなら、折衷案・セカンドベストの案として、ほかの赤い顔料を使えばいいじゃない」と言われるかもしれない。
現代はレーキ顔料などが開発されているので、代替顔料を使う道を選んだ同業者が多いのだろうと思う。それが今、最も現実的な対処法なのかもしれない。
実際、出回っている赤い漆器のほとんどがすでに水銀朱ではなくなっている(環境への配慮というより、コスト軽減が理由でその傾向が広まったと思うが)。

でも、私は、「水銀朱でなければ日本の文化を守ることにならない」と思ってしまっているから、我ながら厄介だ。それについては、またあらためて理由をお話しして、みなさまに伺ってみたい。なんと、「水銀朱を使わないなら朱塗り自体やめてしまおう」とまで思っていて、そのくらい、水銀朱の色・質感・意味は代わりが成り立たない気がしている。
それなのに、なぜそうなのか、まだきちんと説明ができない。勉強会に出席して、自分でももっと勉強して、またここで述べさせていただきたい。


結局、何かしらの結論も問題の所在もはっきりさせられず、すみません。もし、ご意見やご質問、ご感想をお寄せいただける場合は、この記事のコメント欄、またはメール info@watabiki.jp までお願いいたします。


この記事は、元々、このブログのコメント欄でのやりとりの中で書いた内容です。
数年前から、何人かの方がコメントをくださり、水銀朱についてやりとりが続いていました。
実は今度の勉強会自体が、コメント欄に何度も書き込んでくれ、問題に詳しい丸山智洋さんが立ち上がってくださり、舎林さんに働きかけてくれたことで実現しました。
作り手のみなさま、水銀朱を使う立場、使わない立場にかかわらず、正しい情報に接し、皆で認識を共有した上で、この問題に対処しませんか?

 2011.12.14追記 上記「コメント欄でのやりとり」のうち、「pew」さんの名で寄せられたコメントについては、ご本人様のご依頼により削除いたしました。議論の流れが把握できない箇所があると思いますがご了承ください。
【2011.05.01 Sunday 12:12】 author : chiewatabiki
| 漆コラム | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
この記事に関するコメント
簡潔な説明をありがとうございました。私も、ある意味、水銀と水銀朱の美しさに悩ましい思いを抱えています。メチル水銀は、有機性ですから、私の素人理解では、魚や食物を通じて人間の体内に蓄積します。水俣病は魚を介したメチル水銀が主要な原因、というのには合意しています。長いスパンで考えると、私たちが科学的に解明した、と思っているものも、全体の真実のほんの一部であることが多く、良いものも悪いものも飲み込んで鎮座しているようにみえる大自然さえ、実は、宇宙の恐ろしくダイナミックなエネルギーの交流の中にきりもみにされている地球の上の「できごと」でしかないわけです。その中の塵芥のひとかけら、線香花火の一瞬の命、それをよりよく生きるために私たちは具体的には、水銀とどう立ち向かうのか・・・。コントロールできるところはする、できないところは、美に圧倒されてしまうところは、それはそれでよいのではないでしょうか。
| masami kobayashi | 2014/06/10 2:47 AM |
興味深く拝読いたしました。
目に違和感を覚え、Oリングで調べてもらったところ
水銀の反応がありました。
身の回りで赤やピンクのものはないか聞かれ、「顔料と染料」について調べていたところこのサイトに行きつき、硫化水銀の影響ではないかと思った次第です。
漆器などは使っていませんが、ボールペンのグリップがピンクのものが影響しているのではと思っています。
漆器を作っていらっしゃる方がこのようなことをシェアしていらっしゃることに感謝いたします。
| April | 2016/11/29 11:44 AM |
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