酒井邦芳さん |
今月はよく更新するなぁ。私にしては奇跡の4回目!今日はあるスーパー職人さんをご紹介します。 いい職人とはどんな職人か?きっとこの問いは究極で、人それぞれの答えにその人の価値観が表れるのだろうし、ものつくりとしては一生掛けてその答えを探すのだろうと思う。まぁ大きな問いだ。 でも、憧れる職人は?なら、私の場合簡単だ。一言で器用な人。作業の手付きがかっこよくて、道具をさまざまに工夫できて、仕事が速くて、物を見てパッとどんな工程が必要か勘の働く人。あきらかに職人の手を持って生まれてきた人はかっこいいので、単純に羨ましいし憧れる。 漆の世界に入って、職人技を目の当たりにする場面が当然多くあった。私は残念ながら職人の必要条件「器用さ」は持ち合わせていないので(でも十分条件ではないはずと思って、ほかの要素で補うべく奮闘中!)、そういう達人たちの手を見て一つでも取り入れたいと思うのだ。 その中でもザ・職人といえる器用さで、幅広い創作活動をなさっている方がいる。酒井邦芳さんだ。 この画像は酒井邦芳さんのホームページより借用 なんてったって、私の研修所時代の先生で、ご自身がどんな道具も材料も自作してしまうような方が「あいつは何でも知ってるし、何でも教えてくれるから聞いてごらん」と勧めてくれるくらいだから、器用中の器用なのだろう。 経歴からもその器用さがうかがえる。輪島で蒔絵師さんとして20年以上も活躍された後、故郷の長野に戻って制作を始める。蒔絵の作品を生み出されているのかと思いきや、匙をメインにうつわ全般、あらゆる物を作られる。制作は、木地から塗りまで一貫生産。それだけではなく、漆の木を育て、漆掻き(樹液採取)、クロメ(漆の精製)からご自身で手がけている。 この画像は酒井邦芳さんのホームページから借用 ここまでされる職人さん・作家さんはほかにもいらっしゃるが、20年蒔絵をされた後でというのが、私などから見たら神業的…、驚いてしまう。実際、塗師が漆の植栽・採取・精製も手がけるという話は聞くことがあり、それだけでもすごいことだが、蒔絵までベテランという方はかなり珍しいと思う。できないことはほとんどないのだろう! さいたま市浦和の「楽風(らふ)」で個展をされると知り、そこは今年私が偶然見つけた気になるギャラリーでもあることだし、先月出かけた。 今回はカメラを忘れたので、これは2月に撮影した楽風 実は以前、松本クラフトフェアで豆鉋や南京鉋を使って匙をスルスルと削られる酒井さんを拝見しており、声は掛けられなかったが「こんなふうに速くスムーズに削れるようにならなければいけないんだな」と、目指すべきところを示していただいた気がした。 今回行ったのは、もう一度作品とご本人から、何か匙作りのヒントを吸収せねば、と思ったからだ。内心では、でも何を聞こう?刃物に関しては基本的すぎる質問になりそうだし…とビクビクしつつ。 会場は作品数・種類ともに多くて、見ごたえのある展示会だった。匙以外のうつわ類も、必ず酒井さんならではの工夫が施されていて、一つ一つ手に取るのが楽しかった。 個人的な印象だが、男性がお気に入りの逸品を探すようなときに是非薦めたいと思った。ごつごつどっしりしているというのではない。むしろ曲線を多用したやわらかいフォルムで、もちろん女性にも好まれると思う。 男性に薦めたい理由は、何か従来のいわゆる漆器だと重厚すぎて、かといっておしゃれでスタイリッシュなイマドキのぬりものにも親しみづらさを感じてしまう、という方が男性に多いかもと思うからだ。もっと癒し系で、木目が美しく、小さな工夫に満ちた酒井作品は、趣味のコレクションをうれしそうに手入れする男性像にぴったりな気がした(気がしただけですが)。 さて、私が具体的な質問を用意する間もなく、酒井さんは気さくに話しかけてくださり、道具の事、木の事を何でも教えてくださった。 意外だったのは、超器用人の酒井さんが私の低レベルすぎる悩みにも「わかるよ」とうなずかれたことだ。「俺もみんなも初めはできないんだよ。やり続ければ必ずできるようになるから」と、ご自身が鉋を学んだ過程のエピソードなど交えて励ましてくださった。 現代は電動工具が各種そろっていて、大工さんでさえ鉋が上手くなくても家が建ってしまう時代だそうだ。これは酒井さんがある大工さんに言われた言葉として伺ったのだが、「たまにしか自分の刃物を使わなくなってしまうのは仕方のないこと。でも、ここぞというときに自分の鉋が切れなかったら意味がない。だから、少ない機会であってもその時のために、自分は刃物を常に手入れし、上手く研げるよう訓練し続けるんだ。」私にもガツーンときた。 なんでも簡単にできてしまいそうな酒井さんが努力と継続を一番大切にされていて、我が身を省みるとちょっと恥ずかしかった。 それから、仕事にも人にも謙虚であること、分け隔てのないこと、素直であること、短い時間接しただけでも酒井さんのそういった姿勢が伝わり、だからよいものが生み出せるのだと感動した。見習うべきは、技よりも先にこの姿勢だった。 酒井さんは毎年銀座での展示会に出品されているそうです。興味のある方は是非こちらでチェックしてお出かけください! |
【2009.07.24 Friday 10:35】 author : chiewatabiki
|