修理の椀 |
私は自分の制作のほかに、直しの仕事も少しずつ受けている。以前「時を継ぐ仕事 修理」という記事で、修理にまつわる話や修理に対する思いを書いた。興味がありましたらご覧ください。 昨年させていただいた修理品に、ひとつ面白い椀があった。これもまた、私の知らない時代や土地の雰囲気を教えてくれるものだったので、みなさまにもご紹介したい。 5客組、錆絵と蒔絵の吸物椀(正式な呼び名はわからない)。 変わっているでしょう?ご依頼主様は会津のものらしいとおっしゃっていた。外側は錆絵だろう。サビとは砥の粉と漆を混ぜた下地材で、全国的に広く使われる。その下地材で椀の表面に絵を描いているのだ。上塗漆ではなく下地漆で仕上げているので渋い色合いだが、よく見ると、立体的に盛り上がった錆絵は梅の花や枝が生き生きとしていて、むしろにぎやかな感じだ。今では錆絵ってあまり見ない気がするが、きっとこれを手がけたのは錆絵師(?)といってもいいくらいの熟練の職人さんじゃないだろうか…。そんなふうに思いを馳せるのも修理の楽しみだ。(※注1をご参照ください) でも上の写真は修理後の、艶を取り戻した姿。お預かりしたときは汚れやくすみで一層地味な外見だった。 内側はもっと傷んでいた。 長年しまっていたためにボディである木地が乾燥し、漆もひび割れめくれ上がっていた。これは下地から工程を重ねればまた新品のようになる。何カ所かは木地が欠けていたが、こちらは木っ端とコクソ漆(木の粉と米糊を混ぜたパテのような漆)で穴を埋めることができる。 半年を経て、若返った姿をご覧あれ。 私自身は、悪戦苦闘の末にようやく何とかお返しできたと、ただ安堵するのが精一杯だが、自分の腕はともかく、修理が終わると毎回「漆の力ってホントすごいでしょう!」と力説したくなる。現代人の感覚では、あれだけダメージを受ければ捨てられるのが普通かもしれないのに、元のようになってまた何年も使えるなんて。漆と先祖たちの知恵に感謝。 半年間付き合っていたら、この椀の雰囲気がとても気に入ってしまった。このぽってりした丸さでいて、高台は極端に小さいのが可愛い。外は地味なグレー一色なのに、実は絵がぎっしり。蓋を取るとわっと華やかな蒔絵が目に入る。その蒔絵もおおらかのどか、赤と黄と金がどこまでも楽観的で楽しい。京蒔絵や加賀蒔絵のきちっとすました感じとはまったく違う印象だ。 塗りは簡素な方だ。もっとたくさん塗ってあれば傷む度合いも少なかったかもしれない。でも殿様のお道具ではないのだし、それはそれでいいのだろう。庶民の暮らしの中で(庶民の中では余裕のある家だろうが)、ハレの日にわっと心を解放するとき、こんな椀が並ぶのはなんともおしゃれな演出だなぁと思えてきた。 「庶民のハレの日」らしいなぁと思ったのが、この上縁。金ではなく黄の色漆で縁取ってあるのだ。おそらく金縁の代わりなのだろうけれど、朱漆との組み合わせがどことなく暖かくて、ほっとする色合いだ。(※注2をご参照ください) 私の推測は当てずっぽうなのでもっと勉強しなくてはいけないが、椀を預かって以来、会津の山あいの小さな村で名主さんのような家の座敷に人が集い、この椀が出され、宴が盛り上がっている光景を想像している。 注1:「東北の塗師」さんより、会津では、錆絵はもっぱら女の仕事だったとの情報をいただきました。詳細はコメント欄。↓ 注2:「東北の塗師」さんより、黄色の縁は金縁の代わりでなく、おそらく元は金縁が施されていたもので、表面の金が取れて黄漆だけが残っている状態だろう、とのご指摘をいただきました。詳細はコメント欄↓ |
【2009.02.05 Thursday 06:28】 author : chiewatabiki
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